有村藍里「ファンの方々に喜んでもらいたいから…“撮影モデル”時代の裏側」【連載第3回】

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高校時代から芸能活動をはじめ、改名や美容整形などさまざまな困難や試練を乗り越え、今では人気タレントとして活躍する有村藍里さん。誰よりもひたむきに自己研究をし、“可愛くなる”努力をしつづける彼女の新連載がwith onlineでスタート! 第3回目は、「新井ゆうこ」として活動していたグラビアアイドル時代についてお話してもらいました。引きこもりから芸能界へと足を踏み入れた彼女の内面に迫ります!撮影で生まれた“人に楽しんでもらいたい”という気持ちこんにちは、有村藍里です。この連載も3回目に突入しました! 本当に少しずつですが、私のことについてお話しさせてもらっているので、興味をもっていただけたら嬉しいです。さて、今回はグラビアアイドルというお仕事を始めてからの具体的なお話をしていきたいと思います。16歳になってから、大阪にある事務所へ応募して受かったことがきっかけで、グラビアアイドルとしての活動が始まりました。とはいっても、始めのうちはテレビや雑誌に出るようなお仕事ではなくて、「撮影会」というのがメイン。毎週撮影会モデルとして活動していたのですが、続けていくうちに私の撮影会にも毎回来てくださる方々が増えてきたんです。「こんな私のことをわざわざ撮影しにきてくださったんだ」と思うと、少しでもその人たちに楽しんでもらいたい! と自然と思うようになりました。もともと人見知りが激しい性格のため、他の子たちと比べるとファンの方々との交流が極端に苦手なタイプでした。そのため、どうすればファンの人たちに楽しんでもらえるんだろう……と考えた末にたどり着いたのが、自前の衣装やメイクで、ファンの方々の要望に応えながら自己プロデュースすることでした。ad1人に求められている自分を作り続けるその当時の私は、「黒髪ストレートロング・スタイリッシュでお姉さんのような雰囲気・黒メイク」というような雰囲気。今とはまったく違いますよね(笑)。でも、当時の私にはこういう雰囲気が求められていたんです。顔立ち的にも甘い感じではなかったので、最初のうちはフリルがたくさんついた水着や衣装を着ていたこともあったのですが、ファンの人たちから求められるイメージを追求していった結果、レザー調の水着やスタイリッシュな衣装などクール系が増えていきました。私の撮影会に来てくださった人たちがちょっとでも楽しんで帰ってもらえるように、ポージングもたくさん研究しました。当時海に行くことなんてまったくなかったのですが、水着だけは40着以上も持っていたほどです(笑)。そのくらい撮影会に対しては、自分自身でしっかりとプロデュースして、ファンの方々の期待に応えられるようにしていました。「愛想がないな」で終わらせないための努力私の弱点はなんといっても、人見知りで他の子たちのように上手にコミュニケーションがとれないこと。みんなは撮影会に来てくださったファンの方々と、「わ〜すごい!」とか「面白い〜」とか他愛もないお話をしたりできるのに私にはそれができないんです。いつも、「あの子、愛想がない子だな」と思われてしまうんじゃないか、というのがすごく不安でした。だからこそ、自分でどうにかできる「見た目」や「ポージング」に対しては誰よりも応えられるようにしようと努力をしていました。…………今回のお話は以上です。次回は、当時の心情についてもう少し詳しくお話ししていきますね!来週も楽しみにしていてもらえたら嬉しいです♡有村藍里前回はこちら>【第2回】引きこもりがちだった私が芸能界に入った理由有村藍里「自分をもっと好きになるための“一歩”」連載一覧はこちらad【Profile】 有村藍里(ありむら・あいり)1990年8月18日生まれ/O型/兵庫県出身趣味:カメラ中学時代に引きこもりで人見知りでネガティブな性格であり、そんな自分を変えたくて、16歳の時に芸能界入り。引きこもりやネガティブな性格から脱却するための努力や逆境を乗り越える姿が、同じような境遇の悩みを抱える女性から多くの支持を得ている。2019年3月、美容整形を受けたことを公表し、その正直に打ち明ける姿と有村が持つ雰囲気により多くのファンから共感を得た。【公式Twitter】【公式Instagram】撮影/水野昭子 取材・文/戸塚真琴 ヘアメイク/哘絵美子ad1元のページを表示 ≫関連する記事有村藍里「引きこもりがちだった私が芸能界に入った理由」【連載第2回】有村藍里「不登校になったあの頃…私が芸能界に入るまで」【連載第1回】
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